ぬるさとやわらかさを目指す大航海時代オンラインゆとりプレイ日記。

ジゼル航海記っぽいの

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チョコレートの歴史18

  1. 2009.02.26(木) _00:05:23
  2. チョコ歴史
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機械によるチョコレートの大量生産

世界各地でカカオが栽培され、
ヨーロッパを中心に多くの人がチョコレートを飲むようになると、
カカオをチョコレートに加工する人たちも忙しくなります。

チョコレート加工の工場は、
18世紀はじめにはヨーロッパの各地に存在しましたが、
本格的な機械による大量生産が始まったのは北アメリカ植民地が最初でした。
マサチューセッツ州の医師ジェイムズ・ベイカーと、
アイルランドからやってきたチョコレート製造業者ジョン・ハノンが手を結び、
1765年に、ミルトン・ロワー滝の製粉所で、水力を利用したカカオ豆挽きを始めます。

フランスをはじめ、ヨーロッパ諸国でも、
同じころに水力カカオ豆挽きが登場します。
19世紀に入ると、ワットの蒸気機関を利用した機械が使われるようになります。


チョコレートの革命

1828年。
オランダのアムステルダムの科学者ファン・ハウテンが、
チョコレートから効率よく脂肪分(カカオバター・チョコの風味づけや医薬品になる)を取り除き、
細かい粉末状にすることに成功。
さらに、そのチョコレート粉末が水に混ざりやすくするため、
アルカリ塩(炭酸カリウムや炭酸ナトリウム)処理を行います。

このチョコレート粉末が、わたしたちにとってもおなじみのココアです。
この発明により、飲むチョコレートを手軽に作ることが可能になったのはもちろん、
食べるチョコレートのほうも、安価で大量に作ることができるようになりました。

現在でも「庶民的なチョコレート」は、ココアから作られています。
カカオバターを「抜き取って」、別の用途(医薬品はもちろんホワイトチョコレートの材料になります)に使用し、
その代わりに大豆レシチンや椰子油を使うほうが安上がりだからです。


庶民化の一方で

もちろん、世に出回っているチョコが、
低品質のものばかりでないことはご存知のとおりです。
20世紀になって誕生した、ベルギーのゴディバ、フランスのヴァローナなど、
高級なチョコレートを製造している会社も存在します。

これらの高級チョコレートメーカーは、チョコに含まれるチョコレート原液(カカオ固形分)が、
50%を越えなければ美味しいチョコレートだといえないと考えています。
(少し前、包装に「○○%」と大きく表記してある板チョコが流行っていたような)
もちろん、まろやかな風味を引き出すカカオバターも、
抜き取ったりせずにチョコレートに使われています。

これらの高級チョコレートは、ファン・ハウテンの発明以前に、
上流階級の人たちが飲んだり食べたりしていたチョコレートに近いものでしょう。
口にする機会があれば、17世紀のハプスブルク家の人たちや、フランスの大臣などに思いを馳せてみるのもロマンティックでいいかもしれません。


(終わり)

参考文献
 『チョコレートの歴史』 ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ著



チョコレートのお話はこれでとりあえずおしまいにします。
これ書いたり海事やったりで、バレンタインのライブイベントを1秒もやらなかったとか、そんなステキな2月だったのは内緒です。
この「チョコレートの歴史」は、ロシア系アメリカ人が書いたとかで、ジョーク交じりながら、論理的で確かな証拠を重要視する姿勢はなかなか好感が持てました。
読みやすいと思いますので、個人的にはおすすめであります。

反響がよければ、この手のシリーズは続けてもいいかなーとも思ってます。
まあ扱うネタが食べ物に偏るだろうなあ・・・


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チョコレートの歴史17

  1. 2009.02.22(日) _22:38:42
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トリニタリオ種

ベネズエラの沖に浮かぶトリニダード島
(現トリニダード=トバゴ、カリブのPFセントルシア島南の大きな島)。

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(たぶんこの島)

中米からカカオの木が持ち込まれて農園ができ、アフリカ人奴隷が働いていたわけですが、
あるとき島のカカオの木が病気で次々に枯れていってしまいます。
そこへ、南米アマゾン川流域に自生していたカカオの木を持ち込んで復興を試みたところ、
生き残っていた中米の木と、南米の木の間で交配し、
新種のカカオの木が誕生します。

これをトリニタリオ種と呼び、品質と生命力のバランスの取れた品種として、
現在でも多く生産されています。


世界に飛び出す飛び出すカカオの木

1824年、ポルトガル人の手により、
アマゾン川流域のカカオの木の挿し木が、
大西洋を渡ってギニア湾のサントメ島に移植され、そこで栽培がはじまります。

022209 222133

そこからガーナなどの西アフリカの各地に広がり、
現在では世界で最大のカカオ生産地になっています。

また、イギリス人はインドのセイロンへ、
オランダ人は東南アジアのジャワやスマトラへ、それぞれカカオを持ち込んでいます。
20世紀前半にはニューギニアにもカカオ農園ができました。

1991年の調査によると、
世界に出回っているカカオの55%がアフリカ産、
本場のメキシコ産はわずか1.5%です。
品種別では、
味はよくないが病気に強く世界に広く移植されたアマゾン生まれの種が80%、
トリニタリオ種が10?15%、
質の良い本場メキシコ・グアテマラのものは3位となっています。

もしデパートなどのチョコレート売り場で、
メキシコ、グアテマラ、
あるいはトリニダード・トバゴ産カカオを使っている品物を見かけたら、
ためしに買ってみて、普段食べているチョコとの違いを感じようとしてみるのもいいかも知れません。


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チョコレートの歴史16

  1. 2009.02.17(火) _21:49:40
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最初に、ヤのさんが教えてくれた、
「手作りチョコレート(カカオ豆から)」のサイトをご紹介。

http://portal.nifty.com/2009/02/14/b/

何気にカカオ豆やカカオの実、木の写真まであって、大変参考になります。
来年のバレンタインデーには、完全手作りチョコレートに挑んでみるのもいいでしょう。


中南米の最新料理

17世紀、ヨーロッパでは、中流、上流階級の人が、
スペインとの混血が進んだメキシコなどでは、住人のほぼ全ての人が、
チョコレートを飲むようになりました。
そんな中、メキシコでは、パボ・イン・モレ・ポブラノという、
チョコレートを使った料理が登場します。
モレとは「スペイン語風ナワトル語」でソースという意味で、
「七面鳥のチョコソースかけポブラノ地方風」といった感じです。

おそらく、ゲーム内では酒場のメニューだったり、
中南米の伝統料理レシピで作る料理アイテムだったりする「モレ」が、
このモレ・ポブラノのことだろうと思います。

012709 204307

ゲーム内の材料は、鶏肉(1)、カカオ(1)、唐辛子(1)となってますが、
パボ・イン・モレ・ポブラノにおいては七面鳥の肉を使います。
また調味料にもコショウ、ラード、ニンニクなど、
ヨーロッパ風のものが使われ、西墨折衷?といった料理です。

17世紀後半、メキシコで働く修道女が誤って、あるいは故意に、
七面鳥にチョコレートをぶっかけたのが誕生のきっかけです。
スペイン征服以前では、チョコレートの泡を使うことはあっても、
料理にチョコレート本体をかけるなど、
もったいなさすぎて考え付かなかったでしょう。


カラカス

さて、そんな感じで、ヨーロッパ、メキシコにおける、
カカオ需要は増大しました。
しかし一方で、カカオ栽培にあたる中米先住民の人口が激減してしまいます。
ヨーロッパ人にとってさほど恐ろしくない伝染病が、
免疫を持たない多くの先住民の命を奪ってしまいます。
中米の(質の良い)カカオの入手が困難になってきたため、
かわってカカオ栽培ができるところを探す動きが出てきます。

現在のベネズエラの港で、
ゲーム内ではヴェネチアの開拓地となっているカラカスは、
この新規参入のカカオ市場のひとつです。
(ゲーム内でも買えるようです)

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メキシコのカカオに比べてやや質は劣りますが、
豊富な輸出量を誇り、輸出先のヨーロッパでは、
このカカオは「カラカス」というブランドがつくほどの人気でした。

ちなみに、このころカカオ農園で働いていたのは、
人口が減っていた先住民に代わって、アフリカから連れてこられた奴隷たちでした。
彼らのふるさとにカカオの木が届けられる話は次回。


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チョコレートの歴史15

  1. 2009.02.14(土) _22:08:45
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トルコに渡らなかったチョコレート

現在、ゲーム内で注目を集めているであろうトルコでは、
チョコレートは門前払いをくらいます。

イタリア人の冒険商人、
ジョヴァンニ・フランチェスコ・ジェメリ・カレーリは、
1693年から1699年の間に航海を行いました。
その途中、エーゲ海に面したトルコの都市スミルナ
(現イズミール。トルコ西岸上陸地点よりちょっと南)
に立ち寄ったときのことを、こう記しています。

「木曜日にシイドの大官が訪ねてきた。
 私は彼にチョコレートを出したのだが、
 この野蛮人はまだそれを飲んだことがなかった。
 あるいは、彼が酔っていたか、
 さもなければ煙草の煙のせいだったのかもしれない。
 とにかく彼はひどく怒りだし、
 私が彼の判断力を鈍らせるために酒を飲ませたのだと言い張った。
 要するに、彼の怒りが収まらなければ、
 私にとってまずいことになり、
 あんな粗野な男をチョコレートでもてなした代償を
 たっぷり払わされるところだった。」


まとめると、トルコ役人はチョコレートが嫌いだったということです。
この一件に限らず、おおむね中近東地域ではチョコレートは不評だったみたいです。

トルコではナッツ入りのお菓子がよく食べられており、
そういった地方ならば、ほろ苦いチョコレートは好まれるらしいのです。
そんなトルコで、なぜチョコレートが受け入れられなかったかについては、

・コーヒーが十二分に定着していてチョコレートの入る余地がなかった
・熱処理したチョコレート菓子の保管に向かない気候
・文化的な保守性


などが考えられるようですが、詳しいことは分かりません。


その他の地域

ポルトガル人やイエズス会修道士たちは、
インドから東南アジア、中国、さらに東の果てのジパングまで移動し、
行く先々でチョコレートを紹介したことでしょう。
しかしながら、それらの地域では、
チョコレートはあまり普及しなかったようです。
トルコと同様、気候や文化の関係でしょうか。

例外はフィリピン。
中南米西岸からマール・パシフィコをはるばる越えてやってきた
スペイン人が植民地化したこの土地では、
カカオの木そのものも含めてチョコレート文化が根付きました。
19世紀末にアメリカがやってきて、さらに独立した現在でも、
クリスマスの日の朝にチョコレートを飲む習慣が残っているほどです。


さて、ここまでチョコレート飲料、菓子が、
中南米から世界へ旅立つ様子を見てきました。
次回は、カカオの原産地のその後や、
フィリピンの例のように、カカオの木が世界に広がるところをお話します。


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チョコレートの歴史14

  1. 2009.02.13(金) _22:10:43
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イギリス人とチョコレート

最初にカカオ豆に出会ったイギリス人は、
カリブ海で活動する私掠海賊(ゲーム内だとイングオレンジネーム)たちでした。
ただ、その出会いは最悪なもので、
スペイン船から収奪した船倉いっぱいのカカオ豆を、
彼らはヒツジの糞(燃料に使われる)と勘違いして、
港に持ち帰って盛大に焼却したという話が残っています。

スペインと対立して、フランスとも不仲のイギリスでしたから、
王宮を通じてチョコレートが伝わる可能性は低く、
また、スペインが支持するカトリックとも相容れないものでしたから、
修道士を通じて紹介されたこともなかったのではないでしょうか。
イギリスはスペインを介さずに、
産地である新大陸から直接チョコレートをゲットすることになります。

チョコレートがイギリスに入ってきたのは、1650年代。
1655年にジャマイカを奪取したイギリス人は、
そこで(スペイン人が経営していたであろう)カカオ農園とチョコレート飲料を見つけます。
そして1657年に、ある事業主によるチョコレートの新聞広告が出されます。
また1659年6月12日?23日号の政治週刊誌の広告には以下のように書かれています。

 西インド渡来のすばらしい飲み物、チョコレートを、
 ビショップスゲート通り、クイーンズヘッド小路にて販売中。
 店主は以前、グレイスチャーチ通りやクレメント教会境内にも
 店を出していたフランス人で、
 わが国で最初にチョコレートを売り出した人物。
 その場で飲むもよし、材料を格安で買うもよし、用い方も伝授。
 その優れた効能はどこでも大評判。
 万病の治療、予防に効果あり。
 効能を詳しく解説した本も同時に販売。



でもコーヒーのほうが人気

他のメジャーな嗜好飲料、
つまり、コーヒーや紅茶がイギリスに入ってきたのも17世紀半ばごろ。
コーヒー、紅茶、チョコレートの3種のうち、
1番人気だったのはコーヒーでした。

イギリス人といえば紅茶のイメージはありますが、
この頃はまだ高価なものだったので、
紅茶が普及しだすのはもう少し後の時代です。
チョコレートは、コーヒーよりも少し割高であったことと、
作るのに時間がかかることがネックだったようです。
当時、イギリスを動かしていた中心は、商人たちでした。
のんびりチョコレートをかきまぜる時間も惜しかったでしょうし、
懐具合とも相談しなければなりません。
コーヒー、紅茶、チョコレートを売っている、今で言う喫茶店が、
「コーヒーハウス」と呼ばれていたのもこういった事情があったからかもしれません。

次回以降は、ヨーロッパ以外の地域でのチョコレートの話。


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