ぬるさとやわらかさを目指す大航海時代オンラインゆとりプレイ日記。

ジゼル航海記っぽいの

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チョコレートの歴史9

  1. 2009.01.31(土) _22:05:38
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チョコレートに追加された「効能」

中南米の現地住民も、
栄養があって健康によいとしてカカオ飲料を飲んでいました。
ヨーロッパ人も「彼らなりに」カカオを分析します。

16世紀当時のヨーロッパの医学は、
それより2000年近く前のギリシャのそれをベースにしつつ、
ほとんど発展していないというレベルでした。
キリスト教(特にカトリック)が、
解剖学などに対して否定的だったことが主な要因で、
いわゆる近代医学が出来上がるのは、
カトリックの束縛から離れられたイギリスからです。
ゲーム内の「外科医術」スキルなんて、
現代のわれわれで言うところの「応急処置」程度のものだったことでしょう。

薬草、要するに体に良い食べ物は、あるにはありましたが、
ヨーロッパにはそれほど多くの種類があるわけではありません。
一方中央アメリカには、熱帯性の多種多様な植物がありましたので、
その中に、ヨーロッパ人にとって
新しい「薬」となるものがないか期待されました。

その期待を一身に背負い、
1570年、スペイン王室付きの医師、
フランシスコ・エルナンデスが、
当時の国王フェリペ2世の命を受け、新大陸に向かいます。

フランシスコは、もちろんカカオ飲料にも目を付けます。
彼が記すところによると・・・

・カカオから作られた飲料は暑い気候に飲むのに適し、熱病に効果がある
・カカオ飲料に加えられる現地の香辛料には腸の痛みをとる効果がある
・いろんな香辛料を混ぜたカカオ飲料は、青春の欲望をかきたてる


具体的にどこがどうなって青春の欲望がみなぎったのか、
そのあたりのことを書いていない、
フランシスコの研究者としての資質を疑うところでありますが、
ともかく、特にこの3番目の効果がヨーロッパ人の興味を大いにひきつけ、
ヨーロッパ各国の王宮でもてはやされることになります。

その後も(現在に至っても)カカオ飲料の効能については、
いろいろと時代や場所により評価が変わっていたようです。
青春の欲望をかきたてる効果については、
現代においても、あまりはっきりしていないようです。


さて、味に手を加え、薬としても期待できると評価され、
カカオのヨーロッパ進出の下地はできましたが、
そのためには超えなければならない壁がありました。
その点を次回お話します。


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チョコレートの歴史8

  1. 2009.01.30(金) _21:03:35
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変化したチョコレート「味」

ミラノ生まれの歴史家で冒険航海家(ゲームでいうと冒険専攻のプレイヤーのことだね)
ジローラモ・ベンゾーニ(Girolamo Benzoni 1518-70)は、
その著書「新世界の歴史」のなかで、
チョコレートを飲んだ感想を以下のように述べています。

「それは、人類よりは豚にふさわしい飲み物のように思える。
 この国に来てから一年以上になるが、
 それを味わってみたいと思ったことは一度も無く、・・・
 (中略)
 味はやや苦みがあり、滋養があって元気がでるが、
 酔うことはない。」


ようするに不味かったということです。
まあ、黒くてドロっとして苦いうえ、どうかすると辛いわけですから、
予備知識無しで初めて見た人の多くは、
似たような感想をいだいたのではないでしょうか。

イタリア人の彼以上に、スペイン人からの評判も悪かったようです。
スペイン人にとっては、チョコレートに限らず、
新大陸の食事は受け入れがたいものだったようです。
トウモロコシも初めはなじめなかったし、
種類の豊富な野菜や香辛料も同様でした。
調理の段階でラードやオリーブ油のような油類は一切使われないし、
なによりチーズが存在しませんでした。
仕方なく、本国から彼らの主食である、
家畜(ウシ、ヤギ、ニワトリなど)を輸入し、
小麦やオレンジ、サトウキビなどを栽培します。

それでも、スペイン人と現地人との混血が進んでいくと、
色々と工夫を加えて現地の食材を食べ始めるようになります。

もちろん、チョコレートにも手が加えられます。
スペイン人の大好きな砂糖が入れられ、
唐辛子などの現地香辛料のかわりに
シナモン、アニスの実、黒コショウなど、
彼らにとっておなじみの香辛料が使われました。
また、旧アステカで主流だったアイスで飲む方法よりも、
マヤ方面のホットで飲む方法のほうが、
スペインをはじめ、ヨーロッパの人には飲みやすかったようです。

このようにして、新大陸に渡ったスペイン人は、
現地でチョコレートを飲むようになりました。
しかし、ヨーロッパに住む人のところにまで普及するには、
もう少し、味以外の点で魅了がほしいところです。


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チョコレートの歴史7

  1. 2009.01.29(木) _21:25:43
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ドミニコ修道会

スペインのセビリアに生まれた、
バルトロメ・デ・ラス・カサス(Bartolome de Las Casas)。
新大陸での同郷の征服者たちの非道さを目の当たりにし、
原住民の保護と、征服者の不正を告発する活動をした人として知られています。

彼と、彼の率いるドミニコ修道会のメンバーは、
1542年ごろスペイン新領土(メキシコとか)に渡って活動します。
そのとき、現在のグアテマラ(ユカタン半島より南)でケクチ=マヤ族に出会います。
はじめは反抗的だったケクチ族も、
優しさと協調で接してくるドミニコ会を次第に支持するようになり、
1544年には、ケクチ族の代表とドミニコ会メンバーは、
当時のスペイン皇太子フェリペを訪問することとなります。


チョコレートのスペイン上陸

スペインの王宮にやってきたケクチ族が、
フェリペに贈った品々の目録が残っており、
それによると、泡立てたチョコレートを入れた容器も含まれていました。
フェリペがそれを飲んだかまでは分かりませんが、
記録に残っている範囲では、
このときチョコレートが初めてスペインに、
つまりヨーロッパに伝わったということになります。

もちろん、コロンの第4次航海から40年近くの間に、
新大陸とヨーロッパの間で、
征服者や宣教師など、多くの人の往来があったわけですし、
誰かがその間にカカオ豆やチョコレートを持ち込んだかも知れません。

ところで、このカカオが本格的にヨーロッパへ輸出されるようになったのは、
それからさらに時間を必要としました。
公式のカカオ豆の荷が、
最初にヴェラクルスからセビリアに届けられたのは1585年のことでした。

なぜそれだけの時間がかかったのか、
それを次回以降順にお話いたします。


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チョコレートの歴史6

  1. 2009.01.28(水) _21:54:36
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征服者たちとカカオ豆

1517年にユカタン地方へ、1519年にはメキシコ地方への
スペインによる侵略が始まりました。
彼らは、侵略の早い段階でカカオ豆と、その価値を知り、
有効に利用しながら侵略を進めていったようです。

エルナン・コルテス(Hernan Cortes スペイン人征服者)が、
メキシコ地方のアステカ王国を滅ぼしたのはご存知のとおりですが、
その際、アステカに反発するほかの中央アメリカの国や部族と共同で
アステカを攻撃しています。
そこまでアステカが恨みを買っていたのもあるでしょうが、
他の部族たちも、他所からやっていた、自分たちと大きく容姿の違う、意思疎通が容易でない、野蛮で、強力な武器は持っているが少人数で、非常に強く体臭が臭う連中と、短期間で簡単に協力できたものでしょうか。
おそらくコルテスは、話し合いや武力で服従させられない部分は
「カネ」で解決していたのではないでしょうか。
もしそうであれば、
そのカネは各地で分捕ってきたカカオ豆で支払われていたことでしょう。

ところでコルテス一行は、はじめ神の使いとして、
アステカ王国の首都テノチティトランに丁重に迎えられました。
しかし、直後にアステカ国王モテクソマ2世が前言撤回し、コルテスたちに退去を命令。
それをうけたコルテスは、軍勢を整えるためにも、テノチにわずかな兵を残して後にします。
このあたりのことは、ゲーム内のアステカ編エピソードでも語られると思います。

おそらくこのときに、テノチに「居残り」していた、
コルテスの右腕とも言うべきペドロ・デ・アルバラードに関して、
次のようなエピソードが残されています。

ある晩、スペイン人に協力する現地兵士が、
モテクソマ2世の貯蔵庫に押し入り、
中に大量に保管されているカカオ豆を強奪しようとしていました。
それを聞いたアルバラードは、
仲間であり、このときモテクソマを見張っていたアロンソ・デ・オヘーダに、
「見張りを交代して身体が空いたら、都合のいいときに俺を呼んでくれ。
 俺もカカオの分け前にあずかりたいからな」

と、カカオ強奪の協力を要請。
手勢50人を引き連れて貯蔵庫に押し入った彼らは、
夜が明けるまでに、計算によると4320万粒のカカオを盗み出したそうな。


さて、現地の貨幣としてのカカオについては、よく分かっていた征服者たちですが、
彼らが、飲み物としてのカカオについて触れている記録は残っていません。
コルテスが本国に送った、現地の珍しいものの中にも、
カカオ豆やカカオ飲料は含まれていなかったようです。

カカオ飲料がはじめてヨーロッパに上陸するのは、
次回お話しする人たちの功績によるものです。


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南米海事は継続中

  1. 2009.01.27(火) _22:09:45
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別にそんなに好きでもないのに、
ここ最近チョコレートチョコレート言い続けておりますが、
海事修行のほうもボチボチがんばっております。

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まあ、食事はカカワトルとモレ(チョコレートソースをかけた肉料理)なんですが。
例の本を読んだりするうちに、もしかしたら自分はチョコレートが好きなんじゃないかと思ってしまうのが不思議です。
モレについても語りたいことがあるんだなあ。

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戦闘レベルも48に。
戦列艦まで@4です。

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気がついたら、海事レベルが一番高くなってたw


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チョコレートの歴史5

  1. 2009.01.26(月) _21:39:33
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クリストバル・コロンによるカカオ豆「発見」

さて、いよいよ大航海時代に関わるところの話になります。
まずは、ヨーロッパ人による本格的な新大陸進出の先駆者、
クリストバル・コロンとカカオ豆との出会いから。

1502年5月9日、スペインを出発し4度目の航海に向かったコロンは、
途中、スペイン入植地に上陸を拒否されたり、
ジャマイカを目指そうとして迷子になったりしつつ、
現在のホンジュラス北に浮かぶ島々のひとつ、グアナファに漂着し、そこに停泊します。
(ゲーム内だとトルヒーヨの西、メリダの東南東に浮かぶ孤島がそれでしょうか)

012409 235106 2
(画像はイメージです)

同年8月15日、コロンは2隻の現地の大きな丸木船に遭遇します。
「ヴェネチアのガレー船みたい」な大きさに驚いたようですが、
とりあえず拿捕してみたところ
それがマヤ系部族の交易船で、現地の品々が積まれていることがわかりました。

コロンの息子、フェルディナンドにより執筆された伝記によれば、
この収奪品のうち、食料品関係については以下のものが含まれていた、と書いてあります。

・イスパニオラ島と同じような根菜類や穀物
 (キャッサバとかトウモロコシとか)
・トウモロコシから作ったビールのようなもの
・こぼすと現地の人が大慌てで拾い上げるくらい貴重と思われる「アーモンド」


この「アーモンド」こそ、今回のお話の主役であるカカオ豆であり、
ヨーロッパ人で初めてカカオに出会ったのはコロンだったようです。

しかし、このときコロン艦隊には彼らと会話するための通訳がいなかったため、
その「アーモンド」の正体や現地での価値については分からなかったと考えられます。
おそらく、カカオ飲料を飲んでもいないでしょう。

コロンが「アーモンド」を持ち帰ったという記録もみつかっておりません。
不完全ながら「発見」したとはいえ、
彼をチョコレート伝播の功労者とするのは、ちょっと言いすぎかもしれません。


次回はアステカ王国を滅ぼした征服者たちとカカオ豆のお話。


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チョコレートの歴史4

  1. 2009.01.25(日) _22:33:06
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どの層の人たちがカカオを飲んだか

たしかにカカオ飲料は滋養に富んでいるし、
中米の人たちも好んだわけですが、
なにぶん文字通り「高価」なものですから、
一般の家庭ではまず飲むことはなかったでしょう。

よく王族や貴族だけが飲むことができたと言われていますが、
実際のところ、アステカ王国においては、
交易商や、戦士(≒ヨーロッパの騎士階級?)も飲んでいました。

交易商というのは、陸路や海路で移動して商売をする人たちのこと。
ただ、個人経営の行商人というよりは、
もっと大人数で荷物を運び、護衛も雇うような、
大規模な商会のようなものをイメージすればいいかと思います。
他の地域の豪商たちの例に漏れず、
商売を上手くやっていくためにはいろいろと景気のいいことをやらなければならず、
豪勢な宴会なんかも、そう低くない頻度で行われたようです。
その席で、参加者にはカカワトルが振舞われていたという話も残っています。

戦争に赴く戦士たちには、道中で飲むためのカカワトルが支給されました。
ちなみに、そのカカワトルは、
「カカオ豆をすりつぶし、それを丸薬状またはウエハース状にしたもの」だったそうです。
この固形カカオを水に溶かし、いろいろな香辛料その他をいれて混ぜれば、
お出かけ先で簡単にいただける、インスタントカカワトルの完成というわけです。
固形のチョコレートが出来たのは、
後の時代のヨーロッパ人が作ってからだ思われがちですが、
実際にはアステカ王国の時代には、すでにあったようです。

一般の人たちでも、
もしかしたら、交易商に雇われた人や兵士として従軍した人の中には、
彼らのおこぼれのカカワトルにありつけた可能性もあったでしょう。
また、手元に(貨幣としての)カカオ豆はあることですし、
飲もうと思えば、カカワトルを作って飲むことはできたかもしれません。
(例えるなら、千円札でタバコの葉を包んで、それに火をつけるような行為ではありますが)

高価で高嶺の花であることに違いはありませんが、
一般層の人たちにおいても、
カカワトルは全く飲むことができなかった、というものでもなかったのかもしれません。


次回はいよいよヨーロッパ人が登場。
最初にカリブ・中米にたどりついたあの人のお話。


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チョコレートの歴史3

  1. 2009.01.24(土) _22:18:20
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チョコレートはいつから飲まれていたか

例のごとく正確なところはわかりませんが、いくつかの証拠が残っています。

グアテマラ(ユカタン半島より南)で見つかった5世紀マヤの遺跡で、
チョコレート飲料に関わる道具類
(調合や容器として使われた陶器の器など)が発掘されました。
なぜそれがチョコレート用のものと分かったのかというと、
絵文字で「カカオ用飲料容器」と書かれていたことと、
容器の内側からチョコレートの成分が検出されたこと。

また、これより少し後の遺跡にも、
他のチョコレート調理器具や調理の様子
(たとえば高いところから移し変えて泡立たせるとか)が描かれた絵も残されています。
5世紀ごろには確実にチョコレートが飲まれていて、
しかもその当時にはすでに、
征服直前のアステカはおろか現在まで残っている「チョコレート飲料文化」が、
高いレベルで存在していたことが分かります。

それ以前については遺跡などが見つかっておらず、推測の域を出ませんが、
マヤよりも以前に、ヴェラクルスあたりで文明を築いたオルメカ人が、
「トウモロコシを、調理法や栄養価の面で効率よく摂取する画期的な方法」を
すでに編み出していたらしく、
生活に「ゆとり」ができた彼らが、
苦いカカオの豆から美味しい飲み物を作ってみようかと思うようになったのではないか、
と考える人もいるようです。
この説に基づくと、オルメカ人の文明があったBC1500年から、
チョコレートは飲まれ続けてきたということになります。


貨幣としてのカカオ豆

また、別の遺跡からは、
非常に精密に「模造」されたカカオ豆が発掘されました。
この遺跡は高貴な人物の墓であり、
なぜ模造カカオが入っていたのかについては、
・模造カカオを副葬する風習が流行っていた
・もともと「本物の」カカオ豆が副葬されていたが、何者かが「偽造」カカオとすりかえた

と考えられます。
中米(特にアステカ)の人たちは、スペインによる占領後、
スペイン人が使う金貨や銀貨の偽造に熱心だった者が少なからずおり、
その点からも後者の説が有力であると考えられています。

この一件からも分かるように、
偽造カカオというものが存在するくらいに、カカオ豆自体が価値あるものであり、
そのカカオ豆を介した商取引が行われていました。
詳しいレートについて、スペインによる征服以前のことは分かっていませんが、
テノチティトラン陥落後のメキシコでは、

・運搬労働者の日給がカカオ豆100粒
・雌七面鳥がカカオ豆100?120粒 雄なら200粒
・野うさぎが100粒
・七面鳥の卵が3粒
・アボガドが3粒
・トマトなど他の野菜がだいたい1粒
・魚料理が2?4粒くらい

という感じでした。
征服したスペイン人も、この貨幣システムを理解し利用して、
カカオ豆(もちろん戦利品や貢物として現物や農園を分捕ったわけですが)を使い、
現地労働者を雇ってメヒコ(メキシコシティー)を建設しましたし、
それ以降も、現地の人との商取引に用いたようです。

もちろん現地の人同士でも、引き続きカカオ貨幣が使われました。
1858年に出版された、アメリカの旅行家エフライム・G・スクワイアの著書によれば、

「それは事実、中央アメリカ一帯の主だった町の市場で、
 いまだに通貨として使われている。
 (中略)
 かつては、そして今でもそうだが、
 (カカオ豆)200粒が1ドルに相当した。」


とあり、実に19世紀になってからも、カカオ豆を使った取引が行われていたようです。
まあ、さすがに21世紀の現在では、
「現地で買い物をする際、カカオ豆が必要になることがあるので注意してください」とは、
どこの旅行ガイドにも載っていないと思いますが・・・


ちょっと長くなってますが、次でスペイン征服以前の様子は最後。
アステカ王国でどういった人たちがカカワトルを飲んでいたのかをお話します。


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チョコレートの歴史2

  1. 2009.01.23(金) _21:39:57
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前回のカカオ栽培地域の解答、というか、
スペインによる征服直後にカカオ農園があったところを、
地図上に赤く塗ってみました。

カリブ地図4

濃く塗ってある地点は、特に規模の大きな地域。
メキシコのタバスコ州一帯(ヴェラクルスの近所)は、
生産量の多いところだったそうです。

だいたい低地で川沿いのところだと予想してたら正解。
また、ゲーム内でメキシコ湾南西上陸地点(メキシコシティーから北東)から北の一帯は、
北緯20度より北ですが、この辺でもなんとか栽培可能だったみたいです。

それにしても、ゲーム内でハバナやサントドミンゴで買ったり採集したりできるカカオが、
ヴェラクルスで売っていない(採集もできない?)というのは、
少々理解できないところでありますが・・・


カカオ豆飲料のつくりかた

征服以前の中米の人たちはカカオ豆をどのようにして飲み物に加工していたのか。
地域や時代によって調理法、名称の差異はありますが、
基本的には、おおむね以下のとおりです。

1.カカオの実から豆を取る
2.渋みを抑えるため発酵させる
3.乾燥させる
4.焙煎することで表面の薄皮をはがしたり、渋みをとったり
5.ふるいにかけて皮を取り除く
6.すりつぶす
7.水に混ぜる
8.トウモロコシ粉を一緒に混ぜてもいいが、高貴な人はカカオだけでいただくらしい
9.強くかきまぜたり、高いところから別の容器へ移し変えたりし、泡立つまでKIAIで混ぜる
10.この泡はそのままにしたり、他の料理(トウモロコシ粥など)にトッピングしていただく
11.チリ・バニラなどの香辛料を加える(カカオ100%ならそのままでも可)
12.ホットでもアイスでもお好みでどうぞ

これは、はるか昔にカカオ飲料が登場したときから、
1828年、オランダ人科学者クンラート・ヨハンネス・ファン・ハウテン
Coenraad Johannes van Houten 英語読みのバンホーテンならご存知の人も多いかと)が
効率の良い加工法を発明するまで、
元祖の中米はもちろんヨーロッパに渡ってからも、
1?10までの工程はほとんど変わらなかったそうです。

スペインの征服により滅ぶ直前まで、
中央アメリカ最大の勢力だったアステカ王国では、
この飲み物のことを「カカワトル」と呼びました。
ゲーム内でも酒場のドリンクや料理として出てくるあれですね。

012009 214351

このカカワトル、
調理ランク6で「中南米の伝統料理」のレシピがあれば作ることができます。
使う材料は、トウモロコシ(1)、カカオ(1)、唐辛子(1)。
上記作り方によれば、
こうやって作ったカカワトルは「低品質な」カカワトルにあたるようです。
生産するにあたっては、KIAIでかき混ぜている様子を想像してみるといいかもしれません。

ちなみにアステカではアイスカカワトルが主流でしたが、
ユカタン半島にいたマヤ系の人たちはホットで飲んでいたらしいです。
なぜそうなったのかは不明な点も多いのですが、
征服してきたスペイン人が、ホットとアイスとどちらに先に親しみ、どちらを好んだか。
これによって「チョコレート」の歴史が(ちょっとだけ)変わった可能性があったようです。

次回は、どれくらい前からカカオ飲料が飲まれていたか、
それからカカオ豆貨幣についてのおはなし。


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チョコレートの歴史1

  1. 2009.01.22(木) _22:50:30
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カカオの基本

当たり前のことかもしれませんが、
チョコレートの原料であるカカオ豆は、カカオの実に入っており、
その実がなる木がカカオの木です。

カカオの木の学名はテオブロマ・カカオ
Theobroma cacao 18世紀のスウェーデンの博物学者カルル・フォン・リンネにより命名)といいます。
テオブロマとは「神々の食物」といった意味で、
そんなたいそうな名前をつけるほどに、カルルはチョコレートが好きだったと考えられます。
カカオは原産地である中米での呼び名。
現在分かっている範囲では、BC400年?AD100年ごろには、
すでに「カカオ」という名(発音)で呼ばれていたと考えられています。

カカオの木は、低温、低湿にとても弱い性質があり、
生育できる範囲は限られます。

・だいたい北緯20度以南、南緯20度以北の熱帯のみ
・気温が低くなる高地は不可
・年間を通じ雨が降る(乾季が訪れる場所はダメ)
・あるいは灌漑が可能な場所(川のそばなど)
・カカオの花は小さな虫を介して受粉するため、それらの虫たちが好む環境(日当たりが悪く、じめじめして、動植物の死骸などが豊富な密林などが最適)


また、未加工の種も苗などもデリケートですので、
保存技術や高速移動の技術が確立されるまでは、
遠くの土地へ持っていき、そこでカカオを栽培することは、ほぼ不可能でした。
そのため、原産地である中南米以外の土地でカカオ栽培が行われたのは、
ヨーロッパ人がガレオンやらスクーナーやらクリッパーやらを乗り回すようになった後のことです。


【ここでおもむろに問題】

カリブ地図3

みなさんにとっても見慣れているであろう中米の地図である。
この中でカカオ栽培に適していると考えられる地域はどこか。
脳内で地図に印を入れよ(一箇所ではありません)。

回答は次回記事にて。


カカオの木の枝の中ほどに、あるいは幹にも、カカオの実がつきます。
中身は甘い香りのする果肉と、苦くて渋い種子(カカオ豆)が入っています。
果肉のほうを発酵させてアルコール飲料を作ることもあるそうですが、
アステカ王国などは酔っ払うことは敬遠される文化だったせいか、
「カカオワイン」はあまりメジャーにはなりませんでした。
どうしてこんな苦いものの方が好まれるようになったのかは不明な点も多いのですが、
とにかく、この野生動物が普通に敬遠する苦い豆から作った飲食物が、
はるか昔から現在まで、
原産地にとどまらず世界中にまで伝わり、
多くの人のに愛されるようになりました、というわけです。

次回は、スペイン征服以前の中米における、この苦いカカオ豆を飲み物にする工程について。


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チョコレートの歴史 序

  1. 2009.01.22(木) _00:05:04
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2月14日はバレンタインデー。

1868年、イギリスのチョコレートメーカーカドバリー社が、
世界最初の「贈答用箱入りチョコレート菓子」を発売し、
大切な人への贈り物としておおいに流行します。
それを受けてか、1922年にはイタリアのブイトーニ一族が、
ロマンティックな愛を祝福するチョコレートギフトセット、
「ペルジナ・バーチ(ペルージャのキス)」を発売。
これを「2月14日に恋人にプレゼントしようね^w^」と煽ったのが、
今日のバレンタインデーイベントのはじまりと言われています。
微妙なアレンジが加えられて日本に根付いてからも40?50年となります。

このイベントの功績もあってか、
甘く、それでいてほろ苦く、
食べると心と体のある一部がかすかにみなぎるような気がするチョコレートは、
(アラビア地方などの一部を除いて)現在世界中の多くの地域において、
子供からお年寄りまでを魅了して止みません。
かつては王侯貴族と聖職者たちだけが口にすることができましたが、
現在のわたしたちは、スーパーやコンビニで気軽に、デパートや専門店でも簡単に、
チョコレートを買って食べることができるようになりました。

もちろん、当ブログを閲覧なさっている賢い皆様におかれましては、

・原料のカカオは中米原産である
・もともとチョコレートは飲み物だった
・カカオ豆はマヤ・アステカでは通貨として使われるほど価値のあるものだった


ということくらいはご存知のことでしょう。
これがどのようにしてヨーロッパ人の手にわたり、
現在の固形の板チョコになって世界中に広まっていったか。
そこに至るまでの歴史を、以後数回に分けて簡単にお話しようと思います。

ここは大航海時代onlineのブログですので、
主に扱うところは、スペイン人がアステカを滅ぼしたあたりから、
ヨーロッパで利用されていた様子まで、といったところでしょうか。
それ以外には、植民地化以前の中米のことや、
産業革命ごろにイギリスやオランダによって、
チョコレート菓子が大量生産されるようになるあたりを少々触れるかと思います。


もちろん、この企画が、
他の歴史を扱う大航海時代ブログのパクリオマージュであることは言うまでもありませんし、
しばらく海事修行することになりますので、
そう面白い事件が起こるようには思われず、
いわゆるネタ切れ対策であることは想像にかたくないでしょう。
生暖かい眼差しで見守りなさい。

次回以降、まずはチョコレートの基本、
原料のカカオの木のお話や、スペイン侵略以前より中米で飲まれていた様子などを数回にわたってお話します。


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たいくつなほうき掘り

  1. 2009.01.20(火) _21:52:29
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011809 230831

ほうき掘ってると、つい奇声を発してしまうものかもしれません。
それくらい退屈でしたが、おかげで「チョコレートの歴史」を読破することはできました。
内容をまとめて読み物記事にするかもしれません。

011909 221407

生えているように見えますが、地ヅノではありませんのでご注意ください。


おまけ、ブコ。

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引き続き中枢維持のようです。


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第8回バルシャバトルキャンペーンでした

  1. 2009.01.18(日) _21:53:35
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011809 000127

今月もバルシャBCに行ってきました。

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狙って正面衝突できるようになれば、バルシャラムマスターまであと一歩です。

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南下航路封鎖

  1. 2009.01.16(金) _21:20:28
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またそろそろペリエも消耗してきたのでヨーロッパに戻らないといけません。
個人で大砲を用意できる環境を整えている軍人さんが多くいますし、出先へ大量の大砲を持ち込む方法を用意している人も少なからずいるわけなのですが、なぜそこまでするのかが最近になってよく分かるようになりました。

さて、リオ海事クエ(洋上戦)挑戦もこれで最後かな?

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ブエノスアイレス近くで戦うクエです。

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トゥピめw

  1. 2009.01.15(木) _21:19:12
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カリブのファームの手入れをしていたところ、

011309 211230

マレシャルキュイラスの材料でもある強化鋼の板金の製法レシピが出ました。
そういえば、そろそろPF手に入れて1年かあ。
レシピ(モード6?8)の都合もあるけど、今んとこあんまり役立ててないような・・・;

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南米東岸鍋事情

  1. 2009.01.14(水) _21:12:04
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大海戦があるそうです。

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投票状況を見るに、どうやらイスパVSイングになるかなと思います。
自分とこが無いと分かれば、安心して今後の予定が立てられていい感じです。

ちなみに、

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011309 230628

カイエンヌとブコは中枢。
大海戦の当事者じゃなさそうですが、職人さんは注意するといいかもしれません。

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@web商会ショップ閲覧でお買い物

  1. 2009.01.13(火) _22:23:24
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011209 224918

ちゆちゃんがなぜか持っているゴールド戦列艦を預かるために帰還。
いずれはこれで海事したり海戦に出たりすることになります。

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不可解な穴

  1. 2009.01.12(月) _20:58:16
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011009 214807

今回挑戦してみたクエは不可解な穴。
回避スキル上げに使われることで有名です。

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南米東岸料理事情

  1. 2009.01.11(日) _21:39:56
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010909 213042

洋上で断片地図を拾ってくるサンタナ。
というか、山育ちのオセロットが海に入ろうとするものでしょうか・・・

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神出鬼没の海賊船

  1. 2009.01.09(金) _20:59:57
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そんなわけで南米東岸修行を再開。
前回から引き続き、リオの戦闘クエのチェックをしてみます。

010709 234517

今回やってみたのは神出鬼没の海賊船。
ウシュアイアを除いて南米最南の港、サンアントニオまで行く必要がありますが・・・

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牛ツノ奉納

  1. 2009.01.08(木) _21:14:04
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010609 230643

ZARAブランドの販売員、ローザちゃんがツノを売ってました。

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先月くらいから買うって言ってたっけw
待たせてスマンです。

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わたしに牛ツノを奉納すれば、きっとご利益があります。
・・・どこかの教団みたいな言い回しですが;;;


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今年の目標

  1. 2009.01.06(火) _22:28:05
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お正月中にやった右手中指のつき指のおかげであんまりパソコン触れてません・・・;;
マウスの右クリック程度ならなんとかなりますが、キーボードで文字打つのがまだちょっと痛いです。
ちとスローペース(もともとそうか)の活動になりそうです。


さて、今年の目標ですが、

1.戦闘レベルを52まであげて戦列艦に乗る

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とりあえず対人戦(大海戦とか)を始めるひとつの目安である戦列艦を目指します。


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南米東岸(リオ周辺)で修行すれば、これはすぐに達成できるでしょう。


2.新しい商用船を入手

無難に交易レベル52(現在46)まであげて商用クリッパーにするか、
冒険レベル44(現在43)で輸送用高速スクーナーを目指します。
基本ソロだし、スクーナーのほうがいいかなあ。
商クリの調理室は使わないし。


3.衣装屋活動の充実

今度のアップデートで実装されるかもしれない縫製R16を目指す。
これは仕立て師に転職すればすぐにいけるはず。
交易レベル48も苦ではないはず・・・
あとは、レシピ集めや生産ルートの確立、余裕があれば父(裏キャラ)も少し鍛えて倉庫機能を上げたいところ。


4.レア収奪

昨年末に覚えた積荷強奪を活かし、バルト海をはじめ、各地のレアアイテムゲットを目指します。
使う船は、アジア・南米以外なら北欧型重ガレーで十分のはず。


とりあえずはこんなところでしょうか。


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お年玉争奪ノーガードポーカー大会

  1. 2009.01.03(土) _20:46:26
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新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月は普通に仕事で忙しい身なのですが、一応1日にインしてみると、

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年賀状が届いていました。
出すのはなにかとめんどいですが、リアルでもゲームでも、もらえると嬉しいものですねえ。

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