ぬるさとやわらかさを目指す大航海時代オンラインゆとりプレイ日記。

ジゼル航海記っぽいの

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家畜出産と家畜室検証4とアルパカ牧場計画終了のお知らせ

  1. 2009.02.28(土) _19:21:43
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前回のメモにも書きました、

・最初に何頭積んでいたら増えるか?
・最初に積んだ頭数と増える頭数の関係

この辺の調査のために実験。

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ウシ20頭、ニワトリ5羽、アヒル1羽、ヤギ10頭、ヒツジ1頭、アルパカ200頭を積んで60日間走り回ります。
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家畜出産と家畜室検証3

  1. 2009.02.27(金) _21:18:56
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もう少し家畜室の性能を確かめるため、ウシ50、ニワトリ50、ヤギ50、ヒツジ50、アルパカ200を積んで、60日間航海してみることに。

022609 231049

その結果はこんな感じ。

022609 231101

ウシ+8、卵+10(孵化したニワトリ6羽)、ヤギ+2、ヒツジ+3、アルパカ+0でした。
家畜室無しで60日走り回った結果と比べると、バラつきはありますが、最大で2倍の出産(産卵)効果があるように思われます。
とりあえず、何度も言いますが、アルパカは増えませんw

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アルパカ牧場計画6+家畜室検証

  1. 2009.02.26(木) _22:35:44
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そんなわけで、おもむろに修正された家畜室の性能についての緊急調査。

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家畜船を引っ張り出し、

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いつもの彼らに乗ってもらいます。

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チョコレートの歴史18

  1. 2009.02.26(木) _00:05:23
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機械によるチョコレートの大量生産

世界各地でカカオが栽培され、
ヨーロッパを中心に多くの人がチョコレートを飲むようになると、
カカオをチョコレートに加工する人たちも忙しくなります。

チョコレート加工の工場は、
18世紀はじめにはヨーロッパの各地に存在しましたが、
本格的な機械による大量生産が始まったのは北アメリカ植民地が最初でした。
マサチューセッツ州の医師ジェイムズ・ベイカーと、
アイルランドからやってきたチョコレート製造業者ジョン・ハノンが手を結び、
1765年に、ミルトン・ロワー滝の製粉所で、水力を利用したカカオ豆挽きを始めます。

フランスをはじめ、ヨーロッパ諸国でも、
同じころに水力カカオ豆挽きが登場します。
19世紀に入ると、ワットの蒸気機関を利用した機械が使われるようになります。


チョコレートの革命

1828年。
オランダのアムステルダムの科学者ファン・ハウテンが、
チョコレートから効率よく脂肪分(カカオバター・チョコの風味づけや医薬品になる)を取り除き、
細かい粉末状にすることに成功。
さらに、そのチョコレート粉末が水に混ざりやすくするため、
アルカリ塩(炭酸カリウムや炭酸ナトリウム)処理を行います。

このチョコレート粉末が、わたしたちにとってもおなじみのココアです。
この発明により、飲むチョコレートを手軽に作ることが可能になったのはもちろん、
食べるチョコレートのほうも、安価で大量に作ることができるようになりました。

現在でも「庶民的なチョコレート」は、ココアから作られています。
カカオバターを「抜き取って」、別の用途(医薬品はもちろんホワイトチョコレートの材料になります)に使用し、
その代わりに大豆レシチンや椰子油を使うほうが安上がりだからです。


庶民化の一方で

もちろん、世に出回っているチョコが、
低品質のものばかりでないことはご存知のとおりです。
20世紀になって誕生した、ベルギーのゴディバ、フランスのヴァローナなど、
高級なチョコレートを製造している会社も存在します。

これらの高級チョコレートメーカーは、チョコに含まれるチョコレート原液(カカオ固形分)が、
50%を越えなければ美味しいチョコレートだといえないと考えています。
(少し前、包装に「○○%」と大きく表記してある板チョコが流行っていたような)
もちろん、まろやかな風味を引き出すカカオバターも、
抜き取ったりせずにチョコレートに使われています。

これらの高級チョコレートは、ファン・ハウテンの発明以前に、
上流階級の人たちが飲んだり食べたりしていたチョコレートに近いものでしょう。
口にする機会があれば、17世紀のハプスブルク家の人たちや、フランスの大臣などに思いを馳せてみるのもロマンティックでいいかもしれません。


(終わり)

参考文献
 『チョコレートの歴史』 ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ著



チョコレートのお話はこれでとりあえずおしまいにします。
これ書いたり海事やったりで、バレンタインのライブイベントを1秒もやらなかったとか、そんなステキな2月だったのは内緒です。
この「チョコレートの歴史」は、ロシア系アメリカ人が書いたとかで、ジョーク交じりながら、論理的で確かな証拠を重要視する姿勢はなかなか好感が持てました。
読みやすいと思いますので、個人的にはおすすめであります。

反響がよければ、この手のシリーズは続けてもいいかなーとも思ってます。
まあ扱うネタが食べ物に偏るだろうなあ・・・


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家畜室修正

  1. 2009.02.24(火) _20:18:42
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オスマンアップデートから1週間たちまして、海域属性変動、アパルタメントまわり、爵位関係など、おおよそ予想される調整、不具合修正などが来たようですが・・・

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●オプションスキル「家畜室」の効果が正しく発揮されていなかった不具合を修正

たしかに、家畜室の効果に疑問な意見はちらほら聞いておりましたが、やっぱり不具合だったのか・・・

それにしても、このタイミングで家畜室が来ますかw
正直、わたしも自分の船に家畜室がついてることを忘れかけておりましたが。
わたしがGMコールしたのが半年前だし、それ以前に他の人が苦情を出していたかもしれないし・・・
もうちょっと素早く対応してくれれば良いのにな、と思います。

・・・とりあえず、ヨーロッパに戻ったら家畜室の再検証をします;


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スエズ運河勅命(本番)

  1. 2009.02.23(月) _22:29:58
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バレちゃん、ちゆちゃん、Yugさんと一緒に、スエズ勅命の洋上戦をやります。

022209 214649

わたしも砲術家ですが、ちょうどスキルランクは10前後なのであんまり関係ありません。

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チョコレートの歴史17

  1. 2009.02.22(日) _22:38:42
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トリニタリオ種

ベネズエラの沖に浮かぶトリニダード島
(現トリニダード=トバゴ、カリブのPFセントルシア島南の大きな島)。

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(たぶんこの島)

中米からカカオの木が持ち込まれて農園ができ、アフリカ人奴隷が働いていたわけですが、
あるとき島のカカオの木が病気で次々に枯れていってしまいます。
そこへ、南米アマゾン川流域に自生していたカカオの木を持ち込んで復興を試みたところ、
生き残っていた中米の木と、南米の木の間で交配し、
新種のカカオの木が誕生します。

これをトリニタリオ種と呼び、品質と生命力のバランスの取れた品種として、
現在でも多く生産されています。


世界に飛び出す飛び出すカカオの木

1824年、ポルトガル人の手により、
アマゾン川流域のカカオの木の挿し木が、
大西洋を渡ってギニア湾のサントメ島に移植され、そこで栽培がはじまります。

022209 222133

そこからガーナなどの西アフリカの各地に広がり、
現在では世界で最大のカカオ生産地になっています。

また、イギリス人はインドのセイロンへ、
オランダ人は東南アジアのジャワやスマトラへ、それぞれカカオを持ち込んでいます。
20世紀前半にはニューギニアにもカカオ農園ができました。

1991年の調査によると、
世界に出回っているカカオの55%がアフリカ産、
本場のメキシコ産はわずか1.5%です。
品種別では、
味はよくないが病気に強く世界に広く移植されたアマゾン生まれの種が80%、
トリニタリオ種が10?15%、
質の良い本場メキシコ・グアテマラのものは3位となっています。

もしデパートなどのチョコレート売り場で、
メキシコ、グアテマラ、
あるいはトリニダード・トバゴ産カカオを使っている品物を見かけたら、
ためしに買ってみて、普段食べているチョコとの違いを感じようとしてみるのもいいかも知れません。


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運河勅命2つ

  1. 2009.02.21(土) _20:28:51
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021509 231408

まったりし過ぎw

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中南米西岸街めぐり

  1. 2009.02.20(金) _18:21:55
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今度のスエズ運河開通作業をバレちゃんたちと一緒にしようか、って話が出ておりますので、その前にいい加減にスエズ運河勅命を済ませることに。
もちろん、前提の「パナマ発見」がまだなので、そちらのほうを片付けることにしました。

そのために冒険職に転職したわけなのですが、

021909 000102

新職業操船士がなかなかいい感じなので、これに転職。
ていうか、これがあれば測量士いらないんじゃね?

021909 204620

ついでに中南米西岸勅命の地理クエもやります。

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ターキッシュガレーの速さ

  1. 2009.02.19(木) _20:42:13
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パエリア食べ放題コース。

021809 010806

そりゃそうだw

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ターキッシュガレー衝動買い

  1. 2009.02.18(水) _22:18:28
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昨日はオスマンアップデート初日でした。
みなさん楽しまれたでしょうか?

わたしらも、まずはリスボンでのショッピングから入ります。

021709 231221

新しいカツラが出ています。

021709 231318

この2人には必要ないようです。

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チョコレートの歴史16

  1. 2009.02.17(火) _21:49:40
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最初に、ヤのさんが教えてくれた、
「手作りチョコレート(カカオ豆から)」のサイトをご紹介。

http://portal.nifty.com/2009/02/14/b/

何気にカカオ豆やカカオの実、木の写真まであって、大変参考になります。
来年のバレンタインデーには、完全手作りチョコレートに挑んでみるのもいいでしょう。


中南米の最新料理

17世紀、ヨーロッパでは、中流、上流階級の人が、
スペインとの混血が進んだメキシコなどでは、住人のほぼ全ての人が、
チョコレートを飲むようになりました。
そんな中、メキシコでは、パボ・イン・モレ・ポブラノという、
チョコレートを使った料理が登場します。
モレとは「スペイン語風ナワトル語」でソースという意味で、
「七面鳥のチョコソースかけポブラノ地方風」といった感じです。

おそらく、ゲーム内では酒場のメニューだったり、
中南米の伝統料理レシピで作る料理アイテムだったりする「モレ」が、
このモレ・ポブラノのことだろうと思います。

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ゲーム内の材料は、鶏肉(1)、カカオ(1)、唐辛子(1)となってますが、
パボ・イン・モレ・ポブラノにおいては七面鳥の肉を使います。
また調味料にもコショウ、ラード、ニンニクなど、
ヨーロッパ風のものが使われ、西墨折衷?といった料理です。

17世紀後半、メキシコで働く修道女が誤って、あるいは故意に、
七面鳥にチョコレートをぶっかけたのが誕生のきっかけです。
スペイン征服以前では、チョコレートの泡を使うことはあっても、
料理にチョコレート本体をかけるなど、
もったいなさすぎて考え付かなかったでしょう。


カラカス

さて、そんな感じで、ヨーロッパ、メキシコにおける、
カカオ需要は増大しました。
しかし一方で、カカオ栽培にあたる中米先住民の人口が激減してしまいます。
ヨーロッパ人にとってさほど恐ろしくない伝染病が、
免疫を持たない多くの先住民の命を奪ってしまいます。
中米の(質の良い)カカオの入手が困難になってきたため、
かわってカカオ栽培ができるところを探す動きが出てきます。

現在のベネズエラの港で、
ゲーム内ではヴェネチアの開拓地となっているカラカスは、
この新規参入のカカオ市場のひとつです。
(ゲーム内でも買えるようです)

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メキシコのカカオに比べてやや質は劣りますが、
豊富な輸出量を誇り、輸出先のヨーロッパでは、
このカカオは「カラカス」というブランドがつくほどの人気でした。

ちなみに、このころカカオ農園で働いていたのは、
人口が減っていた先住民に代わって、アフリカから連れてこられた奴隷たちでした。
彼らのふるさとにカカオの木が届けられる話は次回。


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【クマーへの道】第10回 海賊の包囲網を抜けつつ調査を継続せよ

  1. 2009.02.16(月) _23:05:43
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前回 ? 【クマーへの道】 第9回 モザンビークの街役人に粘着しつつマダガスカルの動物を徹底調査せよ

この日はケープに集合。
前日からケープ入りしていたので、余裕でインしてみたところ・・・

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なにやらザンジバルにいたTIMEさんが海賊の封鎖にあって、ケープに来るどころかザンジバルから一歩も出られないとのこと。
ちょうど最初のクエはザンジバルでも請けられるので、ケープの3人がザンジバルに突入してTIMEさんと合流する作戦が行われることに。

021509 204156

まだ戦列艦のレベルには足りていませんでしたが武装は十分。
海事レベルをあげておくと、こういうときに頼りになります。

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みなぎりつつザンジバルへ向かいます。

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チョコレートの歴史15

  1. 2009.02.14(土) _22:08:45
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トルコに渡らなかったチョコレート

現在、ゲーム内で注目を集めているであろうトルコでは、
チョコレートは門前払いをくらいます。

イタリア人の冒険商人、
ジョヴァンニ・フランチェスコ・ジェメリ・カレーリは、
1693年から1699年の間に航海を行いました。
その途中、エーゲ海に面したトルコの都市スミルナ
(現イズミール。トルコ西岸上陸地点よりちょっと南)
に立ち寄ったときのことを、こう記しています。

「木曜日にシイドの大官が訪ねてきた。
 私は彼にチョコレートを出したのだが、
 この野蛮人はまだそれを飲んだことがなかった。
 あるいは、彼が酔っていたか、
 さもなければ煙草の煙のせいだったのかもしれない。
 とにかく彼はひどく怒りだし、
 私が彼の判断力を鈍らせるために酒を飲ませたのだと言い張った。
 要するに、彼の怒りが収まらなければ、
 私にとってまずいことになり、
 あんな粗野な男をチョコレートでもてなした代償を
 たっぷり払わされるところだった。」


まとめると、トルコ役人はチョコレートが嫌いだったということです。
この一件に限らず、おおむね中近東地域ではチョコレートは不評だったみたいです。

トルコではナッツ入りのお菓子がよく食べられており、
そういった地方ならば、ほろ苦いチョコレートは好まれるらしいのです。
そんなトルコで、なぜチョコレートが受け入れられなかったかについては、

・コーヒーが十二分に定着していてチョコレートの入る余地がなかった
・熱処理したチョコレート菓子の保管に向かない気候
・文化的な保守性


などが考えられるようですが、詳しいことは分かりません。


その他の地域

ポルトガル人やイエズス会修道士たちは、
インドから東南アジア、中国、さらに東の果てのジパングまで移動し、
行く先々でチョコレートを紹介したことでしょう。
しかしながら、それらの地域では、
チョコレートはあまり普及しなかったようです。
トルコと同様、気候や文化の関係でしょうか。

例外はフィリピン。
中南米西岸からマール・パシフィコをはるばる越えてやってきた
スペイン人が植民地化したこの土地では、
カカオの木そのものも含めてチョコレート文化が根付きました。
19世紀末にアメリカがやってきて、さらに独立した現在でも、
クリスマスの日の朝にチョコレートを飲む習慣が残っているほどです。


さて、ここまでチョコレート飲料、菓子が、
中南米から世界へ旅立つ様子を見てきました。
次回は、カカオの原産地のその後や、
フィリピンの例のように、カカオの木が世界に広がるところをお話します。


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チョコレートの歴史14

  1. 2009.02.13(金) _22:10:43
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イギリス人とチョコレート

最初にカカオ豆に出会ったイギリス人は、
カリブ海で活動する私掠海賊(ゲーム内だとイングオレンジネーム)たちでした。
ただ、その出会いは最悪なもので、
スペイン船から収奪した船倉いっぱいのカカオ豆を、
彼らはヒツジの糞(燃料に使われる)と勘違いして、
港に持ち帰って盛大に焼却したという話が残っています。

スペインと対立して、フランスとも不仲のイギリスでしたから、
王宮を通じてチョコレートが伝わる可能性は低く、
また、スペインが支持するカトリックとも相容れないものでしたから、
修道士を通じて紹介されたこともなかったのではないでしょうか。
イギリスはスペインを介さずに、
産地である新大陸から直接チョコレートをゲットすることになります。

チョコレートがイギリスに入ってきたのは、1650年代。
1655年にジャマイカを奪取したイギリス人は、
そこで(スペイン人が経営していたであろう)カカオ農園とチョコレート飲料を見つけます。
そして1657年に、ある事業主によるチョコレートの新聞広告が出されます。
また1659年6月12日?23日号の政治週刊誌の広告には以下のように書かれています。

 西インド渡来のすばらしい飲み物、チョコレートを、
 ビショップスゲート通り、クイーンズヘッド小路にて販売中。
 店主は以前、グレイスチャーチ通りやクレメント教会境内にも
 店を出していたフランス人で、
 わが国で最初にチョコレートを売り出した人物。
 その場で飲むもよし、材料を格安で買うもよし、用い方も伝授。
 その優れた効能はどこでも大評判。
 万病の治療、予防に効果あり。
 効能を詳しく解説した本も同時に販売。



でもコーヒーのほうが人気

他のメジャーな嗜好飲料、
つまり、コーヒーや紅茶がイギリスに入ってきたのも17世紀半ばごろ。
コーヒー、紅茶、チョコレートの3種のうち、
1番人気だったのはコーヒーでした。

イギリス人といえば紅茶のイメージはありますが、
この頃はまだ高価なものだったので、
紅茶が普及しだすのはもう少し後の時代です。
チョコレートは、コーヒーよりも少し割高であったことと、
作るのに時間がかかることがネックだったようです。
当時、イギリスを動かしていた中心は、商人たちでした。
のんびりチョコレートをかきまぜる時間も惜しかったでしょうし、
懐具合とも相談しなければなりません。
コーヒー、紅茶、チョコレートを売っている、今で言う喫茶店が、
「コーヒーハウス」と呼ばれていたのもこういった事情があったからかもしれません。

次回以降は、ヨーロッパ以外の地域でのチョコレートの話。


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チョコレートの歴史13

  1. 2009.02.11(水) _21:53:14
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バレンタインデー当日までに終わりそうにない・・・
まあ、14日過ぎてもぼちぼち続けようと思います。


三銃士の時代とチョコレート

時を置かずしてフランスへもチョコレートが伝わります。
その経緯については、やはり不明な点も多いですが、
いくつか有力な説があります。

まずは、スペインの修道士がフランスの仲間に紹介したという説。
十分ありえるでしょうが、はっきりした証拠はありません。

次に、スペイン生まれのハプスブルク家の王女アンヌが、
フランスのルイ13世に嫁いだ際に持ち込んだという説。
当時のスペイン王宮ではチョコレートを飲むことが流行っていましたから、
その「習慣」をそのまま持っていったというのは普通にあることでしょう。
ただ、彼女を守って三銃士とダルタニアンが、
リシュリュー枢機卿一味と争う、日本でアニメにもなった小説などを含め、
彼女がチョコレートを最初に持ち込んだという証拠は見つかっていないようです。

最後は、そのリシュリューの兄である、
アルフォンス・ド・リシュリューがスペインから取り寄せたという説。
1713年に出版された「歴史および文学雑録」に書かれていることは以下のとおり。

 リヨンの枢機卿アルフォンス・ド・リシュリューが、
 フランスで初めて薬としてチョコレートを使ったことは、あまり知られていない。
 彼の召使の一人から聞いたところによると、
 彼は脾臓の憂鬱症を和らげるためにそれを用い、
 それをフランスに持ってきたスペイン修道士から、
 その秘伝の製法を教わったのだという。


ほかにも、
「1642年以前に、ある医者がアルフォンスからチョコレートの効能についての相談をうけた」
といった別の資料もあり、3つの説の中では一番有力といえるかもしれません。


チョコレートが最初に伝わった経緯は、上記3説ともスペイン経由ですが、
飲むとき(カカオ・マスを作るとき)に加える香辛料、香料などについては、
麝香や竜涎香を加えるイタリア風を踏まえて、
トリルショチトル(バニラ)を加えたりして飲んでいたそうです。

またフランスでは、カカオ・マスを沸かしてかき混ぜるのに便利な、
「ショコラティエール」という調理器具を開発したりしています。
太陽王ルイ14世の時代に、シャム(タイ王国)からヴェルサイユ宮殿へ、
金や銀でできて、漆塗りだったりするショコラティエールが贈られたことがあったそうです。
このころにはすでに、この調理器具が発明され、
上流階級の人たちに大人気だったことがわかります。
料理を食べることと同じくらい、料理することが好き(そう)な、
フランス人らしい発明ではないでしょうか。


次回はイギリスのお話。


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王様屋ver3

  1. 2009.02.08(日) _23:07:42
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2月7日は王様屋でした。
今回は出品準備をしてなかったのですが、倉庫に眠っているアイテムから売れそうなものを探し出して出展してみました。

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チョコレートの歴史12

  1. 2009.02.06(金) _22:16:19
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イタリアに渡ったチョコレート

イタリアでも、17世紀ごろにチョコレートが登場します。

当時のイタリアは、南側はスペインの領土、
北側は小さな都市国家に分かれていました。
その国々が手を結んだり敵対したりと、非常にカオスな時代でしたので、
最初にイタリアに伝わった正確な経緯はわかりません。

七つの海を股にかけて活躍した、
フィレンツェの交易商人(DOL内でいうと遠距離交易してる人)、
フランチェスコ・ダントニオ・カルレッティが、
中米のチョコレートに目をつけてイタリアに紹介したという、
大航海ブログに相応しい説もあるにはありますが、
前世紀にすでにミラノのジローラモ・ベンゾーニが体験レポートを書いていることと、
彼の航海日誌にチョコレートの現物を持ち帰ったことが書かれていないということで、
あまり深く取り上げないことにします。

実際のところは、南イタリア駐在のスペイン役人が持ち込んだか、
新大陸での布教に従事する宣教師たちが、カトリック総本山のローマに紹介したか、
王家の婚姻などで、北イタリアの各王宮に入ってきたかの、
いずれかといったところでしょうか。


変化し過ぎるチョコレート

そんなイタリアでも、チョコレートはたいそう気に入られます。
(もちろん砂糖が入っていてホットで飲むやつのほうね)
そして、料理が大好きなイタリア人は、
カカオ・マスを作る際にジャスミンや麝香、竜涎香などの香料を使ったり、
チョコレートを材料にしたプディングやシャーベットなどのお菓子を作ったり、
果ては、パスタや肉料理のソースにしたりと、
チョコレートの利用法を発展させていきます。

ちなみにチョコレートを使った料理については、
イタリア中部の都市で見つかった1786年に書かれたレシピによると、
アーモンド、アンチョビ、クルミ、チョコレートソースを使ったラザニアの作り方が書いてあったそうです。
なかなか味が想像できませんが、イタリア人が作ったのならきっと美味しいのでしょう。
他にも、牛などのレバーにチョコソースをかけたもののフライ、
チョコソースにパン粉を浸した「黒粥」など、
美味しいのかどうなのか分からないものがたくさんあるようです。


次はフランスのチョコレートのお話。


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チョコレートの歴史11

  1. 2009.02.04(水) _23:44:26
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スペインに渡ったチョコレート

先にお話しましたとおり、
1544年にマヤ族からフェリペ皇太子にカカオ飲料が手渡され、
1585年に公式のカカオの荷がセビリアに着きました。
あくまで、残っている資料によるものですので、
それ以前に、他のルートでヨーロッパ上陸を果たしたチョコレートもあるかもしれません。

ともかく、スペインに渡ったチョコレートが、
17世紀前半にはスペインの宮廷で「順化」したことと、
その飲み方が、メキシコに移住したスペイン人が飲んでいた、
砂糖やコショウなどで味付けした温かいものであることは間違いありません。

そのスペイン人のチョコレートの作り方は以下のとおり。

1.カカオ豆を、ほとんど火の出ないほどの弱火にかける
2.密封容器に入れ、ときどきかき混ぜつつ、火にかけたまま一晩おく
3.カカオ豆を石の上に載せ、麺棒で軽く押しつぶして殻をはがす
4.コンロで石を暖めながら、練り粉状の塊(マス)になるまですりつぶす
5.細かい粉末状の砂糖と、シナモンを加え、混ぜ合わせる
6.好みで、バニラの莢(さや)、麝香(じゃこう)、アチョーテ(中南米の赤い染料)を混ぜる
7.いろんな形(レンガ型、ロール型など)に整形して乾燥させる


これが、チョコレート菓子の原材料の欄に書いてある、
「カカオ・マス」の作り方で、
中南米で昔から作られていたものを、ほぼそのまま受け継いでいます。
(5と6の工程を省けば、アステカ兵が持ち歩いたそれと同じものが出来上がります)

このカカオ・マスをお湯に入れてホットチョコレートにすることが一般的ですが、
カカオ・マスを使った(あるいはそのままの?)お菓子も、
17世紀にはすでにありました。
メキシコ布教活動の修道女が、
そのチョコレート菓子で一財産築いたという資料も残っているそうです。

また、すこし後の時代では、
カカオ豆産地でカカオ・マスに加工してから輸出することも多かったそうです。
砂糖を入れた分だけネズミによる被害が増えたかどうかまでは知りませんが。


さてチョコレートはスペインの王族、貴族、
また、スペインを訪れた外国の貴族たちの間で大いに流行します。
フランス大使の妻、マリー・ド・ヴィラールは、
1680年ごろ、友人に宛てた手紙で次のように語っています。

「私はチョコレートの食餌療法をしています。
 私が健康でいられるのは、そのおかげだと思います。
 といっても、むやみに摂るようなことはせず、・・・
 (中略)
 それでも、チョコレートはすばらしく、
 たいそう美味です。
 自宅で作らせていますが、別に害などはありません。・・・
 (中略)
 天晴れ、チョコレート!というところね。
 私が今スペインにいて、
 チョコレートがほとんど唯一の楽しみだということを、お忘れなく。」



貴族たちに大人気のチョコレートは、
スペインに留まらず、他のヨーロッパの国に伝わります。
次回は、イタリアに渡ったチョコレートのお話。


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チョコレートの歴史10

  1. 2009.02.02(月) _21:03:44
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新たにつけられた「チョコレート」という名前

16世紀後半ごろには、
このカカオ豆をすりつぶして作られる飲み物のことを、
ヨーロッパ人は「チョコレート」chocolate 英、chokorehto 西
と呼ぶようになりました。
このチョコレートという「新語」ができた過程には、いくつかの説があります。

まずは、ナワトル語(アステカで使われていた)の、
「チョコラトル」をスペイン語風に「チョコラーテ」に変化、
そこから「チョコレート」ができた説。
一見もっともらしいですが、
ナワトル語ほか、現地の古い言語に「チョコラトル」という言葉そのものが存在しないので、
この説は無視していいでしょう。

ナワトル語関係の線でいくと、
「ショコ(苦い)」+「アトル(水)」から、
「ショコアトル」という新語がスペイン人によって作られ、
そこから「チョコレート」になった説があります。
ただ、「ショ」が「チョ」に変化するのはちょっとムリがあるらしく、
これも有力とは言えないかも知れません。

カカオ飲料が飲まれていたもうひとつの文化圏、マヤ語関係で見てみると、
マヤ語圏では、カカオ飲料のことを、
「チャクア・ハー(熱い水)」と呼んでいました。
そして、「熱い」という意味の別の単語、
「チョコル」を持ち出してきて、
「チョコル・ハー」という新語をつくり、
少々ムリがあるものの、そこから「チョコレート」になったという説もあります。

一番有力とされているのは、
マヤ語の「チョコル」に、ナワトル語の「アトル」を組み合わせた、
「チョコアトル」から「チョコレート」に変化したという説です。
メキシコ地方に定住し始めたスペイン人は、
砂糖やコツヨウを混ぜた、温かいカカオ飲料を飲むようになりました。
しかしこれは現地のアステカ人が、冷たくして飲むカカワトルとは別物で、
何か違う呼び名をつける必要があり、
温かいカカオ飲料を飲むマヤの言葉を借りて新語を作った、というわけです。
時代背景などと照らし合わせても、ごく妥当ではないでしょうか。


ところで、なぜカカワトルにかわって、
ショコアトルなりチャクア・ハーなりチョコアトルなり、
このような新語が出来たのか。
カカワトルのままでは、なぜいけなかったのか。
確かな証拠はありませんが、ほぼ確実な理由があります。

それは、カカワトルの「カカ」という発音が、
ロマンス系諸語(フランス語、イタリア語、スペイン語など)と、
その元となったラテン語において、
「糞」といった意味を持つ単語と同じ発音だったからです。
焦げ茶色のドロっとした飲み物を、
「カカ」で始まる名で呼ぶことに、
抵抗を覚えなかったスペイン人は少なかったでしょう。

ヨーロッパ市場に受け入れられるには、どうしても「カカ」から離れる必要があったというわけです。


このような経緯をたどり、17世紀ごろには、
ヨーロッパでも、チョコレートが宮廷を中心に本格的に飲まれるようになります。
コロン提督の「発見」から100年ほどを要しましたが、
同じ新大陸の食べ物であるトマトが、
ヨーロッパで普及し出したのが18世紀になってからであることを考えれば、
受け入れられたのは早い方なのかもしれません。
次回以降、当時のヨーロッパでのチョコレートの広がり方などをお話します。


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【クマーへの道】 第9回 モザンビークの街役人に粘着しつつマダガスカルの動物を徹底調査せよ

  1. 2009.02.02(月) _00:14:24
  2. クマーへの道
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前回 ? 【クマーへの道】 第8回 珍獣の楽園マダガスカルへ上陸せよ

今回はマダガスカルの生物クエを4つ消化。
まずはザンジバルに集合して『白と黒の縞模様』のクエを請けます。

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013109 220835

情報をもらうため、まずはモザンビークへ。

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